月額賃金改善要件

障害福祉サービスの処遇改善加算には、大きく分けて、月額賃金改善要件キャリアパス要件職場環境等要件の3つの要件があります。

このうち月額賃金改善要件は、加算で得た原資のうち一定割合を、賞与や一時金ではなく、毎月の賃金、すなわち基本給や毎月支払われる手当で改善することを求めるものです。

すべての加算区分に共通して適用される、いわば処遇改善加算の土台となる要件です。

一方で、この要件は計算の基準を取り違えやすく、実績報告の段階で誤りが判明して、加算額の返還につながることもある、実務上の注意点が多い要件でもあります。

本記事では、令和8年度の厚生労働省通知に沿って、月額賃金改善要件の正確な内容と計算の考え方、つまずきやすいポイントを整理します。

本記事は、障害福祉サービスの処遇改善加算を対象としています。
介護保険サービスの介護職員等処遇改善加算とは根拠法令が異なり、内容が一致しない部分があります。

1. 月額賃金改善要件とは

月額賃金改善要件とは、処遇改善加算による賃金改善のうち、一定額以上を「基本給」または「決まって毎月支払われる手当」で行うことを求める要件です。

処遇改善加算は、加算として受け取った額の全額を、職員の賃金改善に充てる必要があります。

その改善方法としては、基本給、手当、賞与、一時金など、複数の形が認められています。

ただし、賞与や一時金だけで改善すると、職員の毎月の手取りが安定的に増えません。

そこで、改善額のうち一定割合については、毎月の賃金で確実に引き上げることを求めているのが、この月額賃金改善要件です。

この要件は、加算Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳのいずれを取得する場合でも、共通して適用されます。

2. 「要件Ⅰ」「要件Ⅱ」とは何か|令和7年度までの経緯

インターネットで検索すると、「月額賃金改善要件Ⅰ」「月額賃金改善要件Ⅱ」という表記が見つかることがあります。

これは、令和7年度までに使われていた区分です。

令和7年度の通知では、月額賃金改善要件は次の2つに分かれていました。

【表】令和7年度までの月額賃金改善要件

区分 内容 対象
月額賃金改善要件Ⅰ 加算Ⅳ相当額の2分の1以上を基本給等で改善 全事業所
月額賃金改善要件Ⅱ 旧ベースアップ等加算相当額の3分の2以上を新規に基本給等で改善 令和6年5月31日時点で旧処遇改善加算を算定し、旧ベースアップ等加算を算定していなかった一部の事業所のみ

このうち要件Ⅱは、令和8年3月31日までの経過的な要件であり、旧ベースアップ等加算相当額が新たに増加する一部の事業所に限って適用されるものでした。

令和8年度の通知および計画書様式では、要件Ⅱは役割を終えており、「月額賃金改善要件」として一本化されています。

本記事で「月額賃金改善要件」というときは、令和7年度までの「要件Ⅰ」に相当する内容、すなわち加算Ⅳ相当額の2分の1以上を基本給等で改善する要件を指します。

3. 計算の基準は「加算Ⅳ相当額の2分の1」

月額賃金改善要件の核心は、処遇改善加算Ⅳの加算額の2分の1以上を、基本給または決まって毎月支払われる手当の改善に充てる、という点にあります。

ここで実務上、最も誤解されやすいのが計算の基準です。

基準となるのは、「加算Ⅳ相当額の2分の1」です。
実際に算定する加算、つまり加算総額の2分の1ではありません。

加算Ⅰ・Ⅱ・Ⅲといった上位区分を取得する事業所であっても、月額賃金で改善すべき最低額の計算基礎は、「仮に加算Ⅳを算定したと仮定した場合の加算額」です。

厚生労働省通知でも、処遇改善加算Ⅳ以外の区分を算定する場合には、仮に処遇改善加算Ⅳを算定する場合に見込まれる加算額の2分の1以上を、基本給等の改善に充てることとされています。

たとえば、加算Ⅰを取得する事業所では、加算Ⅰの加算額のほうが加算Ⅳ相当額より大きくなります。

この差額部分、すなわち加算Ⅳ相当額の2分の1を超える部分については、賞与や一時金など、基本給等以外の方法で改善することも認められます。

つまり、加算額の全額を毎月の賃金で配分する必要はありません。

「加算Ⅳ相当額の2分の1」という最低ラインを、毎月の賃金で確保すればよいという構造です。

4. 計算の具体的な流れ

月額賃金改善要件を満たすために必要な「毎月の賃金で改善すべき最低額」は、次の流れで求めます。

【表】月額賃金改善の最低額を求める流れ

ステップ 計算内容
ステップ1 加算Ⅳ相当額を求める
1か月当たりの総単位数(処遇改善加算を除く)× 単価 × 加算Ⅳの加算率 × 算定月数
ステップ2 加算Ⅳ相当額 ÷ 2 を計算する
ステップ3 この金額以上を、基本給または決まって毎月支払われる手当の改善に充てる

具体的な数字で考えてみます。

なお、加算Ⅳの加算率はサービス種別ごとに異なるため、ここでは計算の構造を示すための仮の数値を用います。

実際の加算率は、自社のサービス種別について、令和8年度の報酬改定通知で確認する必要があります。

計算例
1か月当たりの報酬総額(処遇改善加算を除く単位数を金額換算したもの):100万円
加算Ⅳの加算率:仮に4.0%
算定月数:12か月

ステップ1:100万円 × 4.0% × 12か月 = 加算Ⅳ相当額48万円
ステップ2:48万円 ÷ 2 = 24万円

この事業所では、年間24万円以上を基本給または毎月の手当の改善に充てる必要があります。

たとえ実際に取得する区分が加算Ⅰであっても、毎月の賃金で確保すべき最低額の計算基礎は、この「加算Ⅳ相当額」です。

5. 「基本給等」とは何か|賞与・一時金は含まれない

月額賃金改善要件でいう「基本給等」とは、基本給または決まって毎月支払われる手当を指します。

ここでいう「決まって毎月支払われる手当」は、単に毎月固定額で支給される手当だけを意味するものではありません。

厚生労働省Q&Aでは、労働と直接的な関係が認められ、労働者の個人的事情とは関係なく支給される手当を指すと整理されています。

また、決まって毎月支払われるのであれば、月ごとに金額が変動する手当も含まれます。

手当の名称も、「処遇改善手当」に限られません。職能手当、資格手当、役職手当、地域手当などの名称であっても差し支えありません。

一方で、通勤手当や扶養手当等は、賃金改善の対象となる「賃金」には含めることができる場合があります。
しかし、労働者の個人的事情により支給される性質があるため、月額賃金改善要件でいう「決まって毎月支払われる手当」には含まれません。

また、賞与や一時金は「毎月支払われる賃金」には当たりません。

したがって、月額賃金改善要件を満たすための改善額には、賞与や一時金を算入することはできません。

実務上は、「加算Ⅳ相当額の2分の1」に当たる部分を必ず毎月の賃金で改善し、それを超える部分について賞与・一時金で改善する、という設計になります。

6. 賃金総額を新たに増やさなくてよい場合がある

月額賃金改善要件は、必ずしも賃金の総額を新たに増やすことを求めるものではありません。

通知では、すでに処遇改善加算を算定している事業所については、要件を満たすために賃金総額を新たに増加させる必要はないとされています。

具体的には、すでに賞与や一時金などの形で行っている賃金改善の一部を減額し、その分を基本給等に付け替えることで、月額賃金改善要件を満たすことも認められています。

たとえば、これまで一時金として支給していた処遇改善分の一部を、毎月の処遇改善手当に組み替えるような対応が考えられます。
この場合でも、計画書・賃金台帳・賃金規程等との整合性を取っておくことが重要です。

ただし、処遇改善加算を新規に算定し始める事業所は、この付け替えの取扱いの対象外です。

新規算定の事業所は、加算額に相当する賃金改善を新たに行う必要があります。

また、すでに要件を満たしている事業所は、あらためて新規の取組を行う必要はありません。

7. 新たに基本給等を引き上げる場合は「ベースアップ」が基本

月額賃金改善要件を満たすために、新たに基本給等の引上げを行う場合、その引上げはベースアップによって行うことが基本とされています。

ここでいうベースアップとは、賃金表の改訂により、基本給または決まって毎月支払われる手当の額を変更し、賃金水準を一律に引き上げることをいいます。

一部の職員だけを対象とするのではなく、賃金体系そのものの水準を底上げするイメージです。

ただし、賃金体系等を整備中であるなど、ベースアップのみにより賃金改善を行うことが難しい場合には、必要に応じて、その他の手当や一時金等を組み合わせて実施することも認められています。

8. 法定福利費等は含められるが、研修費等は含められない

処遇改善加算による賃金改善には、賃金改善に伴う法定福利費等の事業主負担の増加分を含めることができます。

たとえば、基本給や手当を引き上げた結果として、社会保険料や労働保険料の事業主負担分が増加する場合、その増加分を賃金改善額に含めることができます。

一方で、キャリアパス要件や職場環境等要件を満たすために取り組む費用については、処遇改善加算の取扱いにおける「賃金改善額」には含められません。

研修費、採用活動費、ICT導入費、職場環境改善のための設備費等は、要件を満たすための取組として重要です。
しかし、これらは職員への賃金改善そのものではないため、賃金改善額には含められません。

9. 【重要】令和8年度特例要件(ロ区分)の「加算Ⅱロ相当額の2分の1」とは別物

令和8年6月以降、加算Ⅰ・Ⅱには「イ」「ロ」の区分が設けられます。

上位の「ロ」区分を取得するには、令和8年度特例要件を満たす必要があります。

この令和8年度特例要件の中にも、基本給等での賃金改善に関する条件が含まれています。

そのため、月額賃金改善要件と混同しやすいのですが、両者は基準となる金額が異なる、別個の要件です。

【表】月額賃金改善要件と令和8年度特例要件の違い

項目 月額賃金改善要件 令和8年度特例要件(ロ区分)
位置づけ すべての加算区分に共通 加算Ⅰロ・加算Ⅱロを取得する場合のみ
基準となる金額 加算Ⅳ相当額の2分の1以上 加算Ⅱロ相当額の2分の1以上
改善の方法 基本給等、すなわち毎月の賃金で改善 基本給等で改善。これに加え、生産性向上や協働化に係る取組等が必要

つまり、加算Ⅰロ・Ⅱロを取得する事業所は、月額賃金改善要件、すなわち加算Ⅳ相当額の2分の1を満たしたうえで、さらに令和8年度特例要件として、加算Ⅱロ相当額の2分の1も満たす必要があります。

基準となる金額が「加算Ⅳ相当額」と「加算Ⅱロ相当額」で異なる点に注意が必要です。

※重度障害者等包括支援など、加算Ⅱロの加算率が設定されていないサービスについては、特例要件における基準が「加算Ⅰロ相当額の2分の1以上」となる場合があります。自社のサービスがどちらに該当するかは、必ず通知・様式でご確認ください。

10. 実務上の注意点と返還リスク

月額賃金改善要件は、計算の基礎を取り違えると、実績報告の段階で要件を満たしていないことが判明し、加算額の返還につながるおそれがあります。

特に注意すべき点を整理します。

① 計算基礎の取り違え

最も多い誤解は、「加算総額の2分の1」と考えてしまうことです。

正しくは、「加算Ⅳ相当額の2分の1」です。

計画段階で、どの加算区分を取得するかだけでなく、仮に加算Ⅳを算定した場合の加算額を確認し、計算根拠を明確にしておくことが重要です。

② 毎月の賃金での改善が不足するケース

賞与や一時金を中心に改善してしまい、毎月の賃金での改善額が「加算Ⅳ相当額の2分の1」に届いていないケースです。

賞与・一時金は、月額賃金改善の額には算入できません。

基本給または決まって毎月支払われる手当で、最低額を確保できているかを確認する必要があります。

③ ロ区分の特例要件との混同

加算Ⅰロ・Ⅱロを取得しているにもかかわらず、月額賃金改善要件だけを満たして、令和8年度特例要件を満たしていないケースです。

ロ区分では、月額賃金改善要件とは別に、加算Ⅱロ相当額の2分の1以上を基本給等の改善に充てることなどが求められます。

基準額が異なる別要件である点に注意が必要です。

実務上のポイント
月額賃金改善要件は、計画書上の数字だけでなく、賃金規程、賃金台帳、給与明細、配分計算書と整合している必要があります。
計画段階で根拠資料を整えておくことが、実績報告時の返還リスクを防ぐうえで重要です。

11. まとめ

月額賃金改善要件のポイントを整理すると、次のとおりです。

  • 毎月の賃金で改善すべき最低額の基準は、「加算Ⅳ相当額の2分の1」である
  • 基準は、実際に取得する加算総額の2分の1ではない
  • 賞与や一時金は、この最低額には算入できない
  • 基本給または決まって毎月支払われる手当で改善する必要がある
  • すでに加算を算定している事業所は、付け替えで対応できる場合がある
  • 新規算定の事業所は、新たな賃金改善が必要である
  • ロ区分の令和8年度特例要件は、月額賃金改善要件とは別の要件である

これらの計算基礎を取り違えると、返還リスクに直結します。

そのため、計画段階から、賃金規程、配分方法、給与計算、実績報告までを一貫して設計しておくことが重要です。

当事務所では、行政書士法人と社会保険労務士事務所を併設し、障害福祉サービス事業所の処遇改善加算について、賃金規程・キャリアパスの整備から、月額賃金改善要件を踏まえた配分設計、処遇改善計画書の作成・提出、実績報告までを一連の業務としてご支援しています。
月額賃金改善要件の計算や配分方法にご不安がある場合は、お気軽にご相談ください。