処遇改善加算のキャリアパス要件のうち、キャリアパス要件Ⅲ(昇給の仕組みの整備等)は、経験・資格・評価のいずれかに応じて昇給する仕組みを作り、就業規則等に明記して職員に周知することを求める要件です。
この要件は、加算Ⅲ以上を取得できるかどうかの分かれ目になる要件でもあります。本記事では、令和8年度の厚生労働省通知とQ&Aに沿って、3つの仕組みの内容と設計上の落とし穴、就業規則・賃金規程への落とし込み方を解説します。
本記事は、障がい福祉サービスの処遇改善加算を対象としています。介護保険サービスの介護職員等処遇改善加算とは、根拠法令や運用が異なる部分があります。
1. キャリアパス要件Ⅲとは 要件の構造
通知では、キャリアパス要件Ⅲは次の一・二をいずれも満たすこととされています。
| 要件 | 内容(通知本文) |
|---|---|
| 一 | 福祉・介護職員について、経験若しくは資格等に応じて昇給する仕組み、または一定の基準に基づき定期に昇給を判定する仕組みを設けていること(次のaからcのいずれか) |
| a | 経験に応じて昇給する仕組み:「勤続年数」や「経験年数」などに応じて昇給する仕組み |
| b | 資格等に応じて昇給する仕組み:介護福祉士等の資格の取得や実務者研修等の修了状況に応じて昇給する仕組み。ただし、別法人等で介護福祉士等の資格を取得したうえで当該事業者や法人で就業する者についても昇給が図られる仕組みであることを要する |
| c | 一定の基準に基づき定期に昇給を判定する仕組み:「実技試験」や「人事評価」などの結果に基づき昇給する仕組み。ただし、客観的な評価基準や昇給条件が明文化されていることを要する |
| 二 | 一の内容について、就業規則等の明確な根拠規程を書面で整備し、全ての福祉・介護職員に周知していること |
仕組みはa・b・cのいずれか1つで足ります(複数を組み合わせても構いません)。重要なのは、bとcにそれぞれ条文上の条件(ただし書き)が付いている点で、ここが設計上の落とし穴になります。
2. どの加算区分で必要か 加算ⅢとⅣの分かれ目
従来から処遇改善加算の対象となっている障害福祉サービスでは、キャリアパス要件Ⅲは、令和8年4月・5月の加算Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ、および令和8年6月以降の加算Ⅰイ・Ⅰロ・Ⅱイ・Ⅱロ・Ⅲで必要です。加算Ⅳでは求められません。
なお、令和8年6月から新たに処遇改善加算の対象となった計画相談支援・障害児相談支援・地域相談支援は、加算区分や算定要件の構造が異なり、キャリアパス要件Ⅲは算定要件とされていません。
加算Ⅲと加算Ⅳは、月額賃金改善要件、キャリアパス要件Ⅰ・Ⅱおよび職場環境等要件(取組数)が共通しており、非賃金要件上の主な違いは、キャリアパス要件Ⅲの有無です。したがって、昇給の仕組みを整備することで、加算Ⅲへの移行が可能になります。ただし、実際に区分を変更する場合は、加算Ⅲの算定額に相当する賃金改善を行うとともに、変更届出書等の所定の届出(体制に関する届出が必要となる場合を含みます)を、指定権者の案内に従って行う必要があります。
どの加算区分を目指すべきかの考え方は、別記事(加算区分の選び方)で解説しています。
3. キャリアパス要件Ⅰとの違い
Q&A(問4-6)では、キャリアパス要件Ⅰは職位・職責・職務内容等に応じた任用要件と賃金体系の整備を求めるもので、昇給に関する内容を含めることまでは求めていないのに対し、キャリアパス要件Ⅲは経験・資格・評価に基づく昇給の仕組みを設けることを求めるもの、と整理されています。
実務的には、キャリアパス要件Ⅰで作った職位と賃金体系の土台の上に、「どうすれば賃金が上がるか」というルールを載せるのがキャリアパス要件Ⅲ、と理解すると設計しやすくなります。
キャリアパス要件Ⅰ(任用要件・賃金体系)の作り方は、別記事で解説しています。
4. 3つの仕組みの設計ポイント
a 経験に応じて昇給する仕組み
勤続年数や経験年数に応じて昇給する仕組みです。勤続年数に応じた基本給の昇給や、経験年数に応じた手当の増額などが該当します。3つの中では最も設計が単純で、小規模事業所でも導入しやすい形です。
b 資格等に応じて昇給する仕組み 入社時から資格を持つ職員に注意
介護福祉士等の資格の取得や実務者研修等の修了状況に応じて昇給する仕組みで、資格手当の設定が典型例です。ここで条文上の重要な条件があります。別の法人等ですでに資格を取得したうえで自社に就業する職員についても、昇給が図られる仕組みであることが必要です。
よくある落とし穴: 「入社後に新たに資格を取得した職員にだけ資格手当を支給する」という制度では、入社前に資格を取得している職員が資格に応じた昇給の対象とならないため、要件を満たしません。
別法人等ですでに資格を取得したうえで入職した職員についても、保有資格に応じた基本給・資格手当の適用や、その後の資格取得・研修修了等に応じた昇給など、資格等に応じて昇給が図られる仕組みとする必要があります。具体的な制度設計について通知は一律の方法までは示していないため、すでに資格を持つ職員にも昇給の機会があることを、規程上明確にしておくことが重要です。
c 一定の基準に基づき定期に昇給を判定する仕組み 基準の明文化が必須
実技試験や人事評価などの結果に基づき昇給する仕組みです。条文上、客観的な評価基準や昇給条件が明文化されていることが必要です。「社長が総合的に判断して昇給させている」という運用は、基準が明文化されていないため、この仕組みには該当しません。
また、Q&A(問4-9)では、昇給を判定する時期について、事業所の規模や経営状況に応じて設定して差し支えないとされています。ただし、判定の時期も明文化する必要があります。
毎年1回に限定されているわけではありませんが、あらかじめ定めた時期または周期に従って、定期的に判定する仕組みとする必要があります。「会社が必要と認めたとき」「業績により随時」といった定めだけでは、定期的な判定時期が明確とはいえません。
5. 昇給の方式 基本給に限らない
Q&A(問4-7)では、キャリアパス要件Ⅲを満たすための昇給の方式は、基本給による賃金改善が望ましいが、基本給、手当、賞与等を問わないとされています。経験・資格・評価に基づいて資格手当や役職手当を増額する方法、賞与額に反映する方法でも、要件を満たすことができます。
ただし、支給形式が手当や賞与であれば足りるわけではなく、経験・資格・評価のいずれかに基づく昇給であることが前提です。会社の裁量だけで支給額を決める手当や、業績のみを理由に増減する賞与では、昇給の仕組みとは認められない可能性があります。
6. 対象となる職員の範囲 非常勤も対象となり得る仕組みに
Q&A(問4-8)では、キャリアパス要件Ⅲの昇給の仕組みは、非常勤職員を含め、当該事業所や法人に雇用される全ての福祉・介護職員が対象となり得るものである必要があるとされています。
非常勤の福祉・介護職員が在籍しているにもかかわらず、その職員が対象となり得ない正社員限定の昇給制度では、要件を満たしません。パートタイム職員についても、勤続や資格に応じて時給が上がる仕組みなど、昇給の道を用意しておく必要があります。
なお、派遣労働者を処遇改善加算の対象に含める場合には、その派遣職員についてもキャリアパス要件Ⅲに該当する昇給の仕組みが整備されている必要があります。派遣労働者の雇用主と賃金の支払者は派遣元であるため、賃金改善の方法とあわせて派遣元と協議し、当該派遣職員に適用される昇給の仕組みが整備されていることを確認する必要があります。
7. 就業規則・賃金規程への書面整備と周知
設計した昇給の仕組みは、就業規則等の明確な根拠規程として書面で整備し、全ての福祉・介護職員に周知します。賃金規程の昇給条項に、昇給の基準(経験・資格・評価)、昇給の方式(基本給・手当等)、判定の時期を明記する形が基本です。キャリアパス要件Ⅰで整備した職位・賃金体系(キャリアパス表)と連動させると、職員から見ても「どうすれば上がるか」が一目で分かる制度になります。
常時雇用する職員が10人未満で、就業規則の作成義務がない事業所では、就業規則の代わりに内規等の整備・周知でも差し支えないとされています。
なお、常時10人以上の労働者を使用する事業場で、就業規則または就業規則の一部としている賃金規程を変更する場合は、過半数労働組合または労働者の過半数を代表する者の意見を聴き、その意見書を添付して所轄の労働基準監督署長へ変更後の就業規則を届け出る必要があります(労働基準法第89条・第90条)。また、変更後の規程は職員に周知しなければなりません。
また、キャリアパス要件Ⅲの整備に伴い、福祉・介護職員の処遇に関する就業規則・賃金規程を改訂した場合は、処遇改善加算の変更届出書の対象となります。
就業規則の改訂のみで加算区分に変更がない場合は、実績報告書の提出時に変更届出書をあわせて届け出ることとされています。一方、昇給の仕組みの整備によって加算Ⅳから加算Ⅲへ区分を変更する場合は、区分変更に係る変更届出書等の所定の届出を、指定権者の案内・期限に従って行います。
8. 令和8年度の誓約による取扱い
令和8年度においては、計画書の提出時点で昇給の仕組みの整備が完了していない場合でも、令和9年3月末までに整備することを誓約することで、申請時点からキャリアパス要件Ⅲを満たしているものとして取り扱われる場合があります。
ただし、この誓約による取扱いは、通知上、令和8年度特例要件を満たす事業所に限るとされています。
誓約した場合は、令和9年3月末までに仕組みの整備を行い、実績報告書でその旨を報告する必要があります。誓約で申請できるかどうかは、必ず計画書様式および各指定権者の案内をご確認ください。
9. よくある不備とまとめ
① 評価による昇給なのに、基準が明文化されていない
人事評価で昇給させているが、評価基準・昇給条件・判定時期が規程等に書かれていないケース。cの仕組みは明文化が条文上の条件です。
② 入社後に取得した資格しか昇給の対象にしていない
入社時からすでに資格を持つ職員に昇給の道がない設計。bの条文の条件を満たしません。
③ 正社員だけを対象にした昇給制度
非常勤の福祉・介護職員が対象となり得ない仕組みは要件を満たしません。パートの時給改定ルールも含めて設計します。
④ 規程はあるが、実際の運用と一致していない・周知していない
昇給条項を作ったものの、実際の昇給がその基準に沿っていない、または職員に周知していないケース。
キャリアパス要件Ⅲのポイントは、経験・資格・評価のいずれかの昇給ルールを、非常勤職員を含む全ての福祉・介護職員が対象となり得る形で明文化し、周知することです。加算Ⅳから加算Ⅲへのステップアップを考える事業所にとっては、最初に取り組むべき整備になります。
当事務所では、行政書士法人と社会保険労務士事務所を併設し、障がい福祉サービス事業所の処遇改善加算について、昇給の仕組みの設計、賃金規程・キャリアパス表の整備、計画書の作成・提出、期中管理・実績報告までを一連の業務としてご支援しています。
キャリアパス要件Ⅲの設計にご不安がある場合は、お気軽にご相談ください。






