処遇改善加算を取得し、賃金水準を整えて採用を進めていくと、障害福祉事業所は着実に職員数が増えていきます。そして、常時使用する職員が10人以上になった時点で、就業規則の作成・届出や衛生推進者の選任などの義務が生じます。また、週44時間の特例を適用していた事業場では、週40時間を前提とした労働時間管理への変更も必要になります。
問題は、10人という節目が採用のたびに静かに近づいてくることです。気づいたときにはすでに義務が発生していた、という事業所は少なくありません。本記事では、職員が10人になったときに発生する義務と、その対応を整理します。
本記事の説明は、労働基準法・労働安全衛生法に基づく一般的な仕組みの解説です。個別のケースの判断は、労働基準監督署等にご確認ください。
1. まず全体像:10人到達で発生する主な義務
| 義務 | 内容 | 根拠・罰則 |
|---|---|---|
| 就業規則の作成・届出 | 就業規則を作成し、過半数代表者等の意見書を添付して所轄の労働基準監督署長に届け出る(変更時も同様) | 労働基準法第89条・第90条。違反は30万円以下の罰金 |
| 衛生推進者の選任 | 選任すべき事由が発生した日から14日以内に選任し、氏名を掲示等により職員に周知する(労基署への届出は不要) | 労働安全衛生法第12条の2。選任義務違反そのものに対する直接の罰則規定はない |
| 週44時間特例を適用している場合の週40時間化 | 保健衛生業等の特例措置対象事業場として週44時間制を適用していた場合は、常時10人以上になると特例を利用できなくなり、週40時間が法定労働時間の上限となる | 労働基準法第32条・第40条、同法施行規則第25条の2 |
2. 「常時10人以上」の数え方
10人のカウントは、原則として企業全体ではなく事業場ごとに行います。また、正社員だけでなく、パート・アルバイトを含めた、常態として使用するすべての労働者を数えます。
ただし、派遣労働者の取扱いは義務によって異なります。就業規則の作成・届出義務については、原則として雇用関係のある派遣元で数えます。一方、労働安全衛生法上の事業場規模を判断する場合は、派遣元・派遣先の双方で、派遣中の労働者を人数に含めます。衛生推進者の選任義務を確認するときは、派遣労働者を含めた人数に注意が必要です。
そのため、衛生推進者の選任義務は、派遣元・派遣先それぞれの事業場について、派遣労働者を含めた人数により判断されます。
「常時」とは、特定の日の人数ではなく、通常の事業運営における人員体制を指します。繁忙期に期間限定の職員を雇い、一時的に10人以上になるだけであれば、常時10人以上に該当しない場合があります。反対に、通常は10人以上で運営している事業場で、退職後の欠員補充まで一時的に9人となっている場合などは、引き続き常時10人以上と判断されることがあります。
採用が続く時期は、採用を決めるたびに現在の人数を確認する運用にしておくと、義務の発生に気づかないまま時間が経つことを防げます。
3. 就業規則の作成と労働基準監督署への届出
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成し、所轄の労働基準監督署長に届け出る義務があります(労働基準法第89条)。就業規則を変更した場合も同様です。届出の期限について明確な日数の定めはありませんが、10人以上となった後は遅滞なく対応する必要があり、義務は解消されるまで継続します。
届出の際は、過半数労働組合または労働者の過半数を代表する者の意見を聴き、その意見書を添付します(同法第90条)。意見を聴けば足り、同意までは必要ありませんが、意見聴取と意見書の添付は省略できません。
過半数代表者の選び方
過半数代表者は、パートを含めた全労働者の過半数を代表する者で、次の要件を満たす必要があります。管理監督者でないこと、就業規則の意見聴取など選出の目的を明らかにしたうえで、投票・挙手などの民主的な方法で選ばれること、使用者の意向に基づいて選出された者でないこと、です。事業主が特定の職員を一方的に指名する方法は認められません。
なお、就業規則には、始業・終業時刻、休憩、休日、休暇、賃金、退職(解雇の事由を含む)など、必ず記載しなければならない事項が定められています。10人到達を機に新たに作成する場合は、記載事項の漏れがないかもあわせて確認が必要です。
4. 衛生推進者の選任
常時10人以上50人未満の労働者を使用する事業場では、安全衛生の担当者を選任する義務があります。
障害福祉サービス事業所のような非工業的な業種では、衛生推進者を選任します(労働安全衛生法第12条の2)。
衛生推進者の選任のポイント
- 選任すべき事由が発生した日(10人到達日)から14日以内に選任する
- 原則として、その事業場に専属の者から選任する
- 選任できるのは、都道府県労働局長の登録を受けた機関が実施する衛生推進者養成講習の修了者や、一定の学歴と衛生に関する実務経験を有する者等。養成講習にはオンライン方式で実施されるものもあるが、受講前に、法令上の資格要件を満たす登録講習であることを確認する
- 労働基準監督署への届出は不要。代わりに、選任した者の氏名を事業場の見やすい箇所に掲示するなどにより、職員に周知する
衛生推進者について、選任しなかったこと自体に対する直接の罰則規定は設けられていません。ただし、これは選任義務そのものがなくなることを意味しません。
労働者の健康管理体制の基礎となる法律上の義務であり、労働基準監督署の調査等で選任状況を確認されることもあるため、期限内の選任と周知を確実に行ってください。
5. 週44時間の特例が使えなくなる
見落とされやすいのがこの論点です。社会福祉施設などの保健衛生業を含む一部の業種では、常時10人未満の事業場に限り、法定労働時間を週44時間とする特例(特例措置対象事業場)が認められています。
常時10人以上になると、この特例は使えなくなり、法定労働時間は週40時間になります。
週44時間を前提に所定労働時間やシフトを組んでいた事業所は、所定労働時間の見直し、就業規則の労働時間条項の改定、割増賃金の計算基礎(月平均所定労働時間)の変更が必要になります。この見直しをしないまま週40時間を超えて働かせると、時間外労働としての取扱い(36協定・割増賃金)が必要な時間が発生します。
特例措置対象事業場に該当するかどうかは、事業場の業種の該当性によります。自社が特例を適用してきたかどうか、就業規則・労働条件通知書の所定労働時間の定めとあわせてご確認ください。
6. 人数に関係なく必要なもの|よくある誤解
10人という数字と混同されやすいものとして、36協定(時間外・休日労働に関する労使協定)があります。法定労働時間を超える時間外労働や法定休日労働を行わせる場合には、職員数に関係なく、原則として1人でも36協定の締結・届出が必要です(労働基準法第36条)。災害等による臨時の必要がある場合の例外(同法第33条)を除きます。
「10人未満だから36協定は不要」という理解は誤りです。労働条件通知書の交付、労働者名簿・賃金台帳の整備なども、人数に関係なく必要です。
7. 10人到達時のチェックリスト
- □ 常時使用する職員数(パート含む)を、事業場ごとに確認した
- □ 就業規則を作成(または最新の実態に合わせて整備)した
- □ 過半数代表者を民主的な方法で選出し、意見書を受け取った
- □ 就業規則を意見書とともに所轄の労働基準監督署長に届け出た
- □ 就業規則を職員に周知した(掲示・備え付け・データ共有等)
- □ 衛生推進者を10人到達日から14日以内に選任した
- □ 衛生推進者の氏名を掲示等により職員に周知した
- □ 週44時間特例を適用していた場合、週40時間を前提に所定労働時間・就業規則・割増賃金の計算基礎を見直した
8. 処遇改善加算との関係
職員数の増加は、処遇改善加算の運用とも直接つながっています。
第一に、処遇改善加算の通知では、労働基準法第89条に規定する就業規則等を適切に保管し、指定権者から求めがあった場合には速やかに提示することが求められています。キャリアパス要件に関する規程を就業規則と別に作成している場合は、それらの規程も含まれます。
10人到達により就業規則の作成・届出義務が生じた場合は、就業規則を作成するだけでなく、キャリアパス要件の根拠となる職位・職責・任用要件・賃金体系等が、就業規則・賃金規程または取扱要領等に明確に定められているかを確認する必要があります。
第二に、キャリアパス要件では、就業規則の作成義務がない10人未満の事業所は内規等の整備・周知でも差し支えないとされていますが、10人以上になれば就業規則そのものの作成・届出が前提になります。内規で運用してきた職位・賃金体系・昇給の仕組みを、就業規則・賃金規程として正式に位置づけ直すタイミングです。
そして実務上もっとも大切なのは、処遇改善加算で採用が進む事業所ほど、10人の節目が早く来るということです。加算の期中管理と職員数の管理をひとつの運用として回しておくと、義務の発生を見逃さずに済みます。
9. まとめ
- 常時10人以上(パート含む・事業場単位)で、就業規則の作成・届出義務と衛生推進者の選任義務が発生する
- 就業規則は過半数代表者等の意見書を添付して労働基準監督署長へ届け出る。違反には罰則がある
- 衛生推進者は10人到達日から14日以内に選任し、掲示等で周知する。届出は不要、罰則の定めもないが、法律上の義務
- 週44時間の特例を適用していた特例措置対象事業場は、10人以上で週40時間制への移行が必要(もともと週40時間以内で運用していた事業場は影響なし)
- 36協定は人数に関係なく必要。10人未満なら不要という理解は誤り
- 採用のたびに職員数を確認する運用で、義務の発生を見逃さない
職員数の増加は事業の成長そのものですが、労務管理の義務は節目ごとに増えていきます。採用・処遇改善・労務コンプライアンスをひとつの流れとして管理しておくことが、成長期の事業所の安定運営につながります。
当事務所では、行政書士法人と社会保険労務士事務所を併設し、障がい福祉サービス事業所について、就業規則・賃金規程の整備と届出、衛生推進者の選任支援、処遇改善加算の期中管理までを一体でご支援しています。
職員数の増加に伴う労務対応にご不安がある場合は、お気軽にご相談ください。






